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バイエルン国立歌劇場-さまよえるオランダ人 [オペラ(海外)]
2006年プレミエのコンヴィチュニー演出のオランダ人、当時かなり話題になったが、最近はコンヴィチュニーの考え方が、オペラファンに浸透してきたので、私も当時見たときほどの違和感はなくなっていた。
指揮は大野和士さん、ミュンヘン初登場で、私が聴いたのは3回目の公演だった。席がオケ横のロジェだったので、大野さんの指揮ぶりを初めて間近で見た。全体にきっちり振って、力の入るところは、思った以上にエネルギーを込めて、棒先を震わせていた。以前、ベルリンドイチェオパーのピンチヒッターでタンホイザーを聴いて以で、あのときは穏やかで手堅いなという印象だった。オランダ人は激しく起伏のある音楽なので、特別強烈ではないが、十分恐怖迫るものだった。幽霊船との合唱のところは、やはりずれてしまって残念だが、いつもはらはらするこの場面、解決策はないものだろうか。カーテンコールでひとりだけ少しブーを受けていて、残念だった。
大野さんは歌手にとても気を配って振ると、以前モネ劇場のお話のとき、伺ったことがある。誠実なお人柄が大野さんの音楽ならば、もはや若手ではないオペラ指揮者として、ドイツでも頻繁に聴けるようになるといいなと思う。
歌手は皆、歌も演技も素晴らしい。怒ったエリック役のフォークトがゼンタ役のカンペを思いっきり突き飛ばし、カンペはかなり手が痛そうなシーンがあったが、フォークトをこんな間近で見たのも初めて。甘い声は、ちょっと女々しい男性役にぴったりなどというと失礼だが、母性本能を刺激する。
演出について、幕切れで、ゼンタがドラム缶に火をつけて大爆発を起こし、舞台は暗転オケも止まり、その後はラジカセのような音で音楽が残る。19世紀の女性の不条理な犠牲は、まさに悲劇の終末、カタストロフィであり、それを現代に適応すると、全てを失い全てが変わるという、ちょっと自爆テロの映像を連想するような無に帰す悲劇と言えるらしい。しかし、昨年東北の大震災を経験した私たちとしては、今はもっと現実的なカタストロフィをイメージすることができる。
また、ブレヒトを引用して、社会の中で援助を得るにしても、拒むにしても暴力(権力)はつき物だと。だから助けを求めるのではなく、社会の暴力や権力を撤廃すべきという、他の作品にも共通する、要求するより、今の不条理をうち壊す演出の根拠が説明されている。
でも、今感じることは、社会を変化させる要因としての大災害。世界各地の自然災害と、様々なオペラ演出の狭間に身を置き、今は、精神的に救われ、希望を感じる舞台演出も、一方で求められているのではないかという、心のしこりのようなものを感じる。(G)
指揮は大野和士さん、ミュンヘン初登場で、私が聴いたのは3回目の公演だった。席がオケ横のロジェだったので、大野さんの指揮ぶりを初めて間近で見た。全体にきっちり振って、力の入るところは、思った以上にエネルギーを込めて、棒先を震わせていた。以前、ベルリンドイチェオパーのピンチヒッターでタンホイザーを聴いて以で、あのときは穏やかで手堅いなという印象だった。オランダ人は激しく起伏のある音楽なので、特別強烈ではないが、十分恐怖迫るものだった。幽霊船との合唱のところは、やはりずれてしまって残念だが、いつもはらはらするこの場面、解決策はないものだろうか。カーテンコールでひとりだけ少しブーを受けていて、残念だった。
大野さんは歌手にとても気を配って振ると、以前モネ劇場のお話のとき、伺ったことがある。誠実なお人柄が大野さんの音楽ならば、もはや若手ではないオペラ指揮者として、ドイツでも頻繁に聴けるようになるといいなと思う。
歌手は皆、歌も演技も素晴らしい。怒ったエリック役のフォークトがゼンタ役のカンペを思いっきり突き飛ばし、カンペはかなり手が痛そうなシーンがあったが、フォークトをこんな間近で見たのも初めて。甘い声は、ちょっと女々しい男性役にぴったりなどというと失礼だが、母性本能を刺激する。
演出について、幕切れで、ゼンタがドラム缶に火をつけて大爆発を起こし、舞台は暗転オケも止まり、その後はラジカセのような音で音楽が残る。19世紀の女性の不条理な犠牲は、まさに悲劇の終末、カタストロフィであり、それを現代に適応すると、全てを失い全てが変わるという、ちょっと自爆テロの映像を連想するような無に帰す悲劇と言えるらしい。しかし、昨年東北の大震災を経験した私たちとしては、今はもっと現実的なカタストロフィをイメージすることができる。
また、ブレヒトを引用して、社会の中で援助を得るにしても、拒むにしても暴力(権力)はつき物だと。だから助けを求めるのではなく、社会の暴力や権力を撤廃すべきという、他の作品にも共通する、要求するより、今の不条理をうち壊す演出の根拠が説明されている。
でも、今感じることは、社会を変化させる要因としての大災害。世界各地の自然災害と、様々なオペラ演出の狭間に身を置き、今は、精神的に救われ、希望を感じる舞台演出も、一方で求められているのではないかという、心のしこりのようなものを感じる。(G)
バイエルン国立歌劇場管弦楽団-マーラー2番「復活」 [コンサート]
バイエルン国立歌劇場管弦楽団の復活をシュターツオパーで聴いた。指揮はエッディンガー。
私の中のエッディンガーのイメージは、確固として、常に自分がコントロールしている音楽を目指している指揮者という感じだ。音楽が流れないのと流されないのとは確かに違うが、隅々まで意図的に作る音楽はどんなものだろうか。曲中しばしばあるGPでは、音楽が完全に止まってしまうよに感じ、聴いていて疲れるのは私だけだろうか。音楽を聴く時のの心地よさは、音楽れの中に身を置く、幸福感のように自分は感じるが、それも人様々。エディンガーのように、頭を使い、あれこれ試みる音楽も、また新鮮で支持されるのだろう。
後ろ姿は、本当にバレンボイム先生に似ていて、大振りだが、出てくる音の方向性は、違うように思う。年末東京の新国立劇場でこうもりを振ったが、そのときのごつごつした印象を思い出した。(G)
指揮:Dan Ettinger
ソプラノ:Dorothea Röschmann
メゾソプラノ:Waltraud Meier
私の中のエッディンガーのイメージは、確固として、常に自分がコントロールしている音楽を目指している指揮者という感じだ。音楽が流れないのと流されないのとは確かに違うが、隅々まで意図的に作る音楽はどんなものだろうか。曲中しばしばあるGPでは、音楽が完全に止まってしまうよに感じ、聴いていて疲れるのは私だけだろうか。音楽を聴く時のの心地よさは、音楽れの中に身を置く、幸福感のように自分は感じるが、それも人様々。エディンガーのように、頭を使い、あれこれ試みる音楽も、また新鮮で支持されるのだろう。
後ろ姿は、本当にバレンボイム先生に似ていて、大振りだが、出てくる音の方向性は、違うように思う。年末東京の新国立劇場でこうもりを振ったが、そのときのごつごつした印象を思い出した。(G)
指揮:Dan Ettinger
ソプラノ:Dorothea Röschmann
メゾソプラノ:Waltraud Meier
第9とカルミナ [コンサート]
前後するが、土曜日コーミシェのカルメンに行く前、フィルハーモニーで第9とカルミナブラーナをやるというので行ってみた。例年正月の恒例行事だそうで、日本でよくある「第9と四季」のような名曲コンサートなのか?オケはCzech Symphony Orchestra, Prague、指揮はPetr Chromczákであまり聞いたことはない。独唱・合唱もチェコの人。
前半は第9、一見して弦楽器の編成が極端に小さい。8-6-4-4-3で、残念ながらひどく貧弱な音である。3楽章の後に合唱と独唱者を入れるが、コントラバスの主席が忘れ物(?)で袖に引っ込んだのに、そのまま4楽章のレスタティーボに突入してしまうお粗末。(主席は途中で復帰)レスタティーボ自体もアマオケかと思うほどの情けなさだった。
演奏は最近の版を使っているのか、3楽章や4楽章の一部など異常に快速なテンポ。独唱者も何か異質な発声で、かなり変な第9だった。
ところが後半のカルミナブラーナになって一変。席を正面に移ったこともあるが,弦楽器も良く鳴ってきたし、何より意欲的な演奏。テンポは相変わらず速い。4人の打楽器奏者が次々に楽器を取り替えてかっこいい。
第9では違和感があった独唱陣もカルミナではみごとにはまっている。合唱も人数は少ないが、普通は児童合唱でやる部分も完璧な音程。カルミナはドイツ人が特に好む曲だそうだが、最後大喝采でアンコールまでやった。(B)
前半は第9、一見して弦楽器の編成が極端に小さい。8-6-4-4-3で、残念ながらひどく貧弱な音である。3楽章の後に合唱と独唱者を入れるが、コントラバスの主席が忘れ物(?)で袖に引っ込んだのに、そのまま4楽章のレスタティーボに突入してしまうお粗末。(主席は途中で復帰)レスタティーボ自体もアマオケかと思うほどの情けなさだった。
演奏は最近の版を使っているのか、3楽章や4楽章の一部など異常に快速なテンポ。独唱者も何か異質な発声で、かなり変な第9だった。
ところが後半のカルミナブラーナになって一変。席を正面に移ったこともあるが,弦楽器も良く鳴ってきたし、何より意欲的な演奏。テンポは相変わらず速い。4人の打楽器奏者が次々に楽器を取り替えてかっこいい。
第9では違和感があった独唱陣もカルミナではみごとにはまっている。合唱も人数は少ないが、普通は児童合唱でやる部分も完璧な音程。カルミナはドイツ人が特に好む曲だそうだが、最後大喝采でアンコールまでやった。(B)
ライプツィヒ歌劇場-ニュルンベルクのマイスタージンガー [オペラ(海外)]
休憩時間に地元ライプツィヒのワーグナー協会が出店を出しており、日本の協会員だと言ったら喜ばれて、会報など資料をくれた。お土産にマイセンのワーグナーのポートレートを買った。(12オイロ)
この劇場では、以前にパルジファルとトリスタンを観たことがあるが、演出はコンサヴァで、照明を使った舞台の色彩感の変化を見せていたぐらいという印象だった。ところが、このマイスタージンガーはオペラハウス設立50周年記念の新演出(2010年10月プレミエ)ということで、今までにない新鮮さがあった。
演出に、ペーター・コンヴィチュニーの影響があったのかなと思わせる、客席で歌ったり、鏡を使った客席との一体感などの演出があった。最後、ハンス・ザックスが心臓麻痺で倒れるのには驚いた。3幕ではこれからもいろんなアイデアが出てくのだろう。
ウルフ・シルマー指揮、ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽は、行進曲風で、堂々としており、久しぶりに、今時のサラサラと流れるのではない、ワーグナーを聴かせてもらった。2階席は全ての楽器の音が分離して聞こえて、その分歌は遠くなってしまうが、小さい劇場なので、視野が広くて、開放感がある。
ハンスザックスにブレンデル、ヴァルターにフリッツ、エヴァにクリスチャン・リボを招いているのに、客席はがらがらで、なぜかライプツィヒ歌劇場は今ひとつなのが、もったいない。(G)


この劇場では、以前にパルジファルとトリスタンを観たことがあるが、演出はコンサヴァで、照明を使った舞台の色彩感の変化を見せていたぐらいという印象だった。ところが、このマイスタージンガーはオペラハウス設立50周年記念の新演出(2010年10月プレミエ)ということで、今までにない新鮮さがあった。
演出に、ペーター・コンヴィチュニーの影響があったのかなと思わせる、客席で歌ったり、鏡を使った客席との一体感などの演出があった。最後、ハンス・ザックスが心臓麻痺で倒れるのには驚いた。3幕ではこれからもいろんなアイデアが出てくのだろう。
ウルフ・シルマー指揮、ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽は、行進曲風で、堂々としており、久しぶりに、今時のサラサラと流れるのではない、ワーグナーを聴かせてもらった。2階席は全ての楽器の音が分離して聞こえて、その分歌は遠くなってしまうが、小さい劇場なので、視野が広くて、開放感がある。
ハンスザックスにブレンデル、ヴァルターにフリッツ、エヴァにクリスチャン・リボを招いているのに、客席はがらがらで、なぜかライプツィヒ歌劇場は今ひとつなのが、もったいない。(G)
コーミッシェ・オパー-カルメン [オペラ(海外)]
オペラ歌手にも演技が重視されるようになり、21世紀になって、ルックスもよく歌って踊って演技するオペラ歌手が当然のように期待されている。今回のカルメン役は、歌だけでなくフラメンコまで披露した。そのようにしてオペラと演劇の境も無くなっていくことが、若者にオペラを受け入れてもらえる道なのかもしれないとベルリンの舞台を見ると考えさせられる。
コーミッシェのカルメンは2010年11月がプレミエ、ルサルカとは打って変わって映像を使ったり、舞台上の動きが激しいので、音楽より舞台を観ることに集中してしまうプロダクションだった。(G)
コーミッシェのカルメンは2010年11月がプレミエ、ルサルカとは打って変わって映像を使ったり、舞台上の動きが激しいので、音楽より舞台を観ることに集中してしまうプロダクションだった。(G)
ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団-マーラー交響曲第3番 [コンサート]
ベルリンへ戻りコンツェルトハウスでマーラーの3番を聴いた。指揮は今年からコンツェルトハウス管弦楽団主席指揮者に就任したイヴァン・フィッシャー、有名なアダムの弟で昨年日本に来ている。新任で期待が大きいのか、大きな拍手を受けていた。
この曲とにかく長くて、特に最終6楽章は声楽も無くゆったり進むので、聴いていて飽きてしまうが、フィッシャーは強弱の起伏をつけて最後感動的に盛り上げてくれた。オケは管のミスが目立ったが、弦楽器は美しかった。
4楽章が静かに終わり5楽章は例の児童合唱で始まるのだが、立ち上がると同時に間髪を入れず歌う段取りで、子供達が指揮棒を見つめる緊張感が伝わってきて微笑ましかった。(B)
この曲とにかく長くて、特に最終6楽章は声楽も無くゆったり進むので、聴いていて飽きてしまうが、フィッシャーは強弱の起伏をつけて最後感動的に盛り上げてくれた。オケは管のミスが目立ったが、弦楽器は美しかった。
4楽章が静かに終わり5楽章は例の児童合唱で始まるのだが、立ち上がると同時に間髪を入れず歌う段取りで、子供達が指揮棒を見つめる緊張感が伝わってきて微笑ましかった。(B)
ドレスデン国立歌劇場-カプリッチョ [オペラ(海外)]
ベルリン国立歌劇場-地獄のオルフェ シラー劇場 [オペラ(海外)]
ベルリン国立歌劇場が工事中の間、西のドイッチェオパー近くのシラー劇場で公演している。初めて劇場に入ってみたら、とても狭く800席とのこと。ここでリング上演するなら、通路に立ち見席を作っても、チケットは売れると思った。
始まると、奥から「世論」役が現れ、大統領のクリスチャン・ヴォルフです、と退任騒ぎのネタで政治を語り始めた。はじめのうちは、笑いが起こったものの、オペレッタのはずが、あまりの長さに、客席からはWeiter!とかOper!とか野次が飛び始めた。すると「もう、やめなきゃいけないのかね・・」と言いながらさらに続け、いつしかお客さんをとりこんで、したたか喋り、しかたなくお客さんもおつきあいした。オケはどこにいるのかと思ったら、舞台奥のセットの扉が前へ倒れ、20人ほどのバンジョー入りのオケが現れた。舞台セットは飛び出す絵本のように、前側にページを開くと、折りたたみセットが現れてくるところは、小さい劇場ならではの演出のようだ。二幕ではハエになったジュピターを宙ずりしたり、カンカン踊りは、観光地で顔だけ出して写真をとる書き割りのような絵で、足の代わりに手に靴を履かせ、動かす演出だった.前にケルンのパルジファルで花の乙女たちが手袋をはめた手だけで表現されていたのを思い出した。
出演者は殆どが俳優で、これは、オペレッタというより、演劇のようだった。本来フランス語の台詞もドイツ語に新たに翻訳されたそうで、ベルリナーアンサンブルで見る顔が、私が知っているだけでも3人いた。幕間に配役表を見たら、オルフェウス役が三文オペラのメッキーメッサーで、歌舞伎役者のようなナルシストのような魅力を発していた、シュテファン・クルトだった。俳優っていろいろな役作りができるものなんだと、変に感動してしまった。
ラ・ペリコールはパリのオペラコミークとベルリナーアンサンブルで観たことがあるが、演劇では音楽をかなりカットしていた。そう考えると、この地獄のオルフェは、生の音楽を基本に、さらに演劇を加えた、新しいオペレッタなのだろう。(G)


基本的にオペラでなく演劇で、エウリュディケ役のソプラノ以外は全員俳優が演じ、歌もマイクを付けて地声で歌っている。代替会場とはいえ、国立歌劇場の公演だから少々驚きで、昨年12月16日のプレミエなので、事情を知らないで来た現地の人もいるだろうし、当日来ていた日本人の団体客もどう思ったか?
ただ、筋は原曲をはずさずやっているし、ドイツ語が分からなくても舞台上のドタバタを見て結構楽しめる。ドイツ人にも大受けだった。(B)
始まると、奥から「世論」役が現れ、大統領のクリスチャン・ヴォルフです、と退任騒ぎのネタで政治を語り始めた。はじめのうちは、笑いが起こったものの、オペレッタのはずが、あまりの長さに、客席からはWeiter!とかOper!とか野次が飛び始めた。すると「もう、やめなきゃいけないのかね・・」と言いながらさらに続け、いつしかお客さんをとりこんで、したたか喋り、しかたなくお客さんもおつきあいした。オケはどこにいるのかと思ったら、舞台奥のセットの扉が前へ倒れ、20人ほどのバンジョー入りのオケが現れた。舞台セットは飛び出す絵本のように、前側にページを開くと、折りたたみセットが現れてくるところは、小さい劇場ならではの演出のようだ。二幕ではハエになったジュピターを宙ずりしたり、カンカン踊りは、観光地で顔だけ出して写真をとる書き割りのような絵で、足の代わりに手に靴を履かせ、動かす演出だった.前にケルンのパルジファルで花の乙女たちが手袋をはめた手だけで表現されていたのを思い出した。
出演者は殆どが俳優で、これは、オペレッタというより、演劇のようだった。本来フランス語の台詞もドイツ語に新たに翻訳されたそうで、ベルリナーアンサンブルで見る顔が、私が知っているだけでも3人いた。幕間に配役表を見たら、オルフェウス役が三文オペラのメッキーメッサーで、歌舞伎役者のようなナルシストのような魅力を発していた、シュテファン・クルトだった。俳優っていろいろな役作りができるものなんだと、変に感動してしまった。
ラ・ペリコールはパリのオペラコミークとベルリナーアンサンブルで観たことがあるが、演劇では音楽をかなりカットしていた。そう考えると、この地獄のオルフェは、生の音楽を基本に、さらに演劇を加えた、新しいオペレッタなのだろう。(G)
基本的にオペラでなく演劇で、エウリュディケ役のソプラノ以外は全員俳優が演じ、歌もマイクを付けて地声で歌っている。代替会場とはいえ、国立歌劇場の公演だから少々驚きで、昨年12月16日のプレミエなので、事情を知らないで来た現地の人もいるだろうし、当日来ていた日本人の団体客もどう思ったか?
ただ、筋は原曲をはずさずやっているし、ドイツ語が分からなくても舞台上のドタバタを見て結構楽しめる。ドイツ人にも大受けだった。(B)
コーミッシェ・オパー-ルサルカ [オペラ(海外)]
朝快晴の中ウンターデンリンデン付近を散歩後、ダーレムの知人宅を尋ね、外に出るとにわかに雨、その後ソニーセンターを冷やかして、コーミッシェ・オパーに当日券を買いに行くが、晴れたり降ったり微妙な天気は続いた。
11オイロの最安券で、2階の1番端っこオケピットの真上の席を購入した。身を乗り出さないと舞台全体は見えないが、歌手やオケに近く臨場感は抜群だ。座席の前に最近よくある字幕が付いている。(英独仏語)
昨年新国でも上演されたルサルカだが、演出は全く様子が違う。舞台上にはセットが何も無く、奥の扉から出演者が出入りするだけ、その分小道具(生きた猫も)と歌手の演技に全て任されている。ルサルカ役は人間になるまで下半身は魚(人魚)で、横たわったままで歌わなければならず大変だ。魚の骨が重要な役割を果たしている。
歌手も指揮者も若く、小さな劇場なのでやる気が直接伝わってくる熱演で、大変良かったと思う。(B)
11オイロの最安券で、2階の1番端っこオケピットの真上の席を購入した。身を乗り出さないと舞台全体は見えないが、歌手やオケに近く臨場感は抜群だ。座席の前に最近よくある字幕が付いている。(英独仏語)
昨年新国でも上演されたルサルカだが、演出は全く様子が違う。舞台上にはセットが何も無く、奥の扉から出演者が出入りするだけ、その分小道具(生きた猫も)と歌手の演技に全て任されている。ルサルカ役は人間になるまで下半身は魚(人魚)で、横たわったままで歌わなければならず大変だ。魚の骨が重要な役割を果たしている。
歌手も指揮者も若く、小さな劇場なのでやる気が直接伝わってくる熱演で、大変良かったと思う。(B)
ベルリンにて [ドイツ]
冬のベルリンは2年ぶり。かなりの寒さを覚悟して、完全防備で準備してきたが、夜中で9度ほどと最近の東京よりずっと暖かい。
今回急に決まった旅、年末29日になって航空券を探したため、いつものルフトハンザが取れずスイス航空となった。出発当日午前2時にメールが来て、機材故障のため2時間遅れ、チューリヒからの乗り継ぎ便が変更されるなど、テーゲルに着いたのが22時30分、ホテルにチェックインしたら0時を回っており疲れた。
それでもフリードリヒシュトラーセまで出てカリーブルストで腹ごしらえした。
ベルリンの夜は街頭が暗くて怖いとずっと思っていたが、震災後の節電照明に慣れた今、むしろ夜中の街灯の明るさにほっとする現象がおきてしまった。(G)
今回急に決まった旅、年末29日になって航空券を探したため、いつものルフトハンザが取れずスイス航空となった。出発当日午前2時にメールが来て、機材故障のため2時間遅れ、チューリヒからの乗り継ぎ便が変更されるなど、テーゲルに着いたのが22時30分、ホテルにチェックインしたら0時を回っており疲れた。
それでもフリードリヒシュトラーセまで出てカリーブルストで腹ごしらえした。
ベルリンの夜は街頭が暗くて怖いとずっと思っていたが、震災後の節電照明に慣れた今、むしろ夜中の街灯の明るさにほっとする現象がおきてしまった。(G)
山崎伸子チェロリサイタル第5回 with 小菅 優 [コンサート]
今年のピアノは小菅優さん。初めて聴いて、すぐに引き込まれた。アンサンブルもソロと同じ真剣勝負、相手のふところに飛び込むような、自分の音楽全てを相手に投げかけるような情熱を感じた。
チェロとピアノのソナタは、音域の問題でチェロがピアノの音にかき消されたり、難所でピアノにひやっとさせられるようなことが、ままある。でも小菅さんに関しては杞憂、感情豊かに流れる音は透明でしかも角がなく、意思を持つ生き物のように、自由自在な音楽で、ピアノのふたを全開にしても、決っしてチェロの音を邪魔せず、ピアノだけを聴いても、小菅さんの美の世界を楽しめる。山崎先生は毎回ピアニストにとても気を配っていらっしゃり、今回、若い才能へ向ける先生のお優しい眼差しと、小菅さんのはじける若さで満たされたステージは画期的で、特にメンデルスゾーンのソナタ2番は、お二方の溶け合った音から豊かな色彩をイメージする、幸せな一時だった。(G)
チェロとピアノのソナタは、音域の問題でチェロがピアノの音にかき消されたり、難所でピアノにひやっとさせられるようなことが、ままある。でも小菅さんに関しては杞憂、感情豊かに流れる音は透明でしかも角がなく、意思を持つ生き物のように、自由自在な音楽で、ピアノのふたを全開にしても、決っしてチェロの音を邪魔せず、ピアノだけを聴いても、小菅さんの美の世界を楽しめる。山崎先生は毎回ピアニストにとても気を配っていらっしゃり、今回、若い才能へ向ける先生のお優しい眼差しと、小菅さんのはじける若さで満たされたステージは画期的で、特にメンデルスゾーンのソナタ2番は、お二方の溶け合った音から豊かな色彩をイメージする、幸せな一時だった。(G)
新国立劇場ーこうもり [オペラ(国内)]
2006年、本場ウィーンの舞台を見せますと誇らしげだったツェドニック演出のこうもり、あの時はアイゼンシュタイン役のヴォルフガング・ブレンデルが、あまりにはまり役で、まるで本当に酔っぱらっているような名演技だった。やはり4階席だったが舞台上の活気がよく伝わってきて楽しかった。それに比べると、今回は歌手陣がおとなしく上品で、喜劇のテンションは上がらなかったような気がする。劇中日本語を混ぜる場面は、前より増えたが、違和感はない。ウィーンの舞台に溶けこめる日本人歌手が活躍するのは嬉しい。けれど、数ある笑いの場面で、今回は4階席では細部までわからないなと感じたのは、ちょっと残念だった。大笑いするような作品はまだ自粛するムードがあるのかもしれない。キャストの交代にもすっかり慣れたが、プレミエのときの意気込みを持ち続けてもらいたい。
エッテインガーが、ヨーロッパでこうもりを振る姿はイメージし難いのだが、やはり硬くてゆらぎのないJ.シュトラウスだった。でも東フィルと色々CDを出しているようだし、きっと相性が良いのだろう。(G)


エッテインガーが、ヨーロッパでこうもりを振る姿はイメージし難いのだが、やはり硬くてゆらぎのないJ.シュトラウスだった。でも東フィルと色々CDを出しているようだし、きっと相性が良いのだろう。(G)


新国立劇場ールサルカ [オペラ(国内)]
初めて接した作品だったが、森に棲む水の妖精と王子の物語は親しみやすく、森と湖をイメージする音楽は心やすらぐ。作曲された1900年頃、どのぐらいワーグナーの影響が残っていたかわからないが、3人の森の妖精、語る独唱、ライトモティーフなど想像できる。でも音楽の波はさざなみで、時々大波は来るが、うねったりはしない。
事前に、YouTubeにある、美しい鳥や花の自然映像とともに全曲ダウンロードしてくださった方の、ドイツ語版を聞いた。重厚に演奏すれば、ドイツ音楽の心地よさも味わえて、チェコの民族音楽も聞けて、オーケストレーションも音の詰まった、とても美しい作品だと思う。チャイコフスキーと並び、ドボルザークもメロディーが豊かで、こんなに美しいドボルザークの作品なのにあまり有名でないのはなぜだろう。ヒロインのルサルカが2幕は全く歌わないということ、最後男性(王子)がルサルカを救済することが、男性社会で好まれなかったのだろうか。
これまで、知らない題名というだけで、見過ごしてきた作品の一つに気付かせてもらった。(G)
事前に、YouTubeにある、美しい鳥や花の自然映像とともに全曲ダウンロードしてくださった方の、ドイツ語版を聞いた。重厚に演奏すれば、ドイツ音楽の心地よさも味わえて、チェコの民族音楽も聞けて、オーケストレーションも音の詰まった、とても美しい作品だと思う。チャイコフスキーと並び、ドボルザークもメロディーが豊かで、こんなに美しいドボルザークの作品なのにあまり有名でないのはなぜだろう。ヒロインのルサルカが2幕は全く歌わないということ、最後男性(王子)がルサルカを救済することが、男性社会で好まれなかったのだろうか。
これまで、知らない題名というだけで、見過ごしてきた作品の一つに気付かせてもらった。(G)
METライブビューイング ジークフリート [映像・放送]
G.ジーゲルの演じる最高のミーメを、アップで隅々まで見られたことは、映像ならではの嬉しいメリットだ。
でも一番の話題は、ジークフリート役が二人降板し、10月末になってカヴァー歌手のJay Hunter Morris にチャンスが巡ってきたことだろう。ドレスリハーサル(GP)が彼にとって3度目のリハだったそうだ。HPにも載っているGPの日のメイキングヴィデオを見ると、彼は自然体で、素直な意欲と清々しいエネルギーで一杯だ。モリス はテキサス出身、METまで長い道のりだったと言う。金髪で眼光鋭く、昔の写真より逞しくなった今、日常の姿より、ジークフリートの鬘の方がずっと良く似合う。声をつぶさないよう、ヘルデンテノールとしての評価を得て、長く活躍してもらいたい。
ジークフリートを終わりまで歌い切ることが、どんなに過酷な条件なのか改めて痛感した。以前は大声量が自慢だったらしいことがインタヴューから伺えるが、今は綺麗に歌うことを心がけていると言うだけあって、モリスの歌はリリックで、広音域美しく、演技も精一杯表現し、3幕でもほとんど崩れず、とても素晴らしかった。一幕でハンマーを打つ時の乗りが、軽妙なアメリカンだったり、他のベテラン歌手に比べ、指揮を見る視線や、立ち姿など、初々しさを隠せない面はあるが、今回はジークフリート役というより、モリス氏自身の姿が全世界に配信されたような心象で、大きな前進だろう。
モリスは今年サンフランシスコでジークフリートを歌ったらしい。2007年東京オペラの森のタンホイザーで、ヴァルターを歌っていたと知り、録画を見たら、張った声で声量も凄かった。外見は意外と大きくない。
インタヴューで、ルイージは音楽が重くドイツ的にならないよう気をつけたそうで、モリスの才能がMETで開花しそうだ。黄昏も期待できそうだ。
ハイテク技術・映像を駆使した舞台は、やはり、映画では詳しくわからない。ワーグナー生誕200年を前に、ト書きに近い演出を見たいなら、METが一番かもしれない。MET流の聴衆マナーや、オケの事故など気にせず、一連のハイテク舞台を生で見てみたいものだ。(G)
指揮:ファビオ・ルイージ 演出:ロベール・ルパージュ
出演:ジェイ・ハンター・モリス、デボラ・ヴォイト、ブリン・ターフェル、パトリシア・バードン
※ギャリー・レイマンは病気のため降板、ジェイ・ハンター・モリスがジークフリート出演
でも一番の話題は、ジークフリート役が二人降板し、10月末になってカヴァー歌手のJay Hunter Morris にチャンスが巡ってきたことだろう。ドレスリハーサル(GP)が彼にとって3度目のリハだったそうだ。HPにも載っているGPの日のメイキングヴィデオを見ると、彼は自然体で、素直な意欲と清々しいエネルギーで一杯だ。モリス はテキサス出身、METまで長い道のりだったと言う。金髪で眼光鋭く、昔の写真より逞しくなった今、日常の姿より、ジークフリートの鬘の方がずっと良く似合う。声をつぶさないよう、ヘルデンテノールとしての評価を得て、長く活躍してもらいたい。
ジークフリートを終わりまで歌い切ることが、どんなに過酷な条件なのか改めて痛感した。以前は大声量が自慢だったらしいことがインタヴューから伺えるが、今は綺麗に歌うことを心がけていると言うだけあって、モリスの歌はリリックで、広音域美しく、演技も精一杯表現し、3幕でもほとんど崩れず、とても素晴らしかった。一幕でハンマーを打つ時の乗りが、軽妙なアメリカンだったり、他のベテラン歌手に比べ、指揮を見る視線や、立ち姿など、初々しさを隠せない面はあるが、今回はジークフリート役というより、モリス氏自身の姿が全世界に配信されたような心象で、大きな前進だろう。
モリスは今年サンフランシスコでジークフリートを歌ったらしい。2007年東京オペラの森のタンホイザーで、ヴァルターを歌っていたと知り、録画を見たら、張った声で声量も凄かった。外見は意外と大きくない。
インタヴューで、ルイージは音楽が重くドイツ的にならないよう気をつけたそうで、モリスの才能がMETで開花しそうだ。黄昏も期待できそうだ。
ハイテク技術・映像を駆使した舞台は、やはり、映画では詳しくわからない。ワーグナー生誕200年を前に、ト書きに近い演出を見たいなら、METが一番かもしれない。MET流の聴衆マナーや、オケの事故など気にせず、一連のハイテク舞台を生で見てみたいものだ。(G)
指揮:ファビオ・ルイージ 演出:ロベール・ルパージュ
出演:ジェイ・ハンター・モリス、デボラ・ヴォイト、ブリン・ターフェル、パトリシア・バードン
※ギャリー・レイマンは病気のため降板、ジェイ・ハンター・モリスがジークフリート出演
日本音楽コンクール講評 [コンサート]
18日の毎日新聞に、先日行われた「第80回日本音楽コンクール」の講評が掲載された。
チェロ部門の講評は藤原真理さんのご担当だが、他の部門のように個人名を挙げてのコメントは無かった。ただ、「自ら生み出す音程を和音の中で捉えている人が少ない・・和音は西洋音楽の要」という部分は、1位の岡本侑也さんへの褒め言葉ではないかと、密かに思っている。最終予選得点を見ると、二次予選でただひとり一柳慧のコズミック・ハーモニーを選んだ岡本さんが、素晴らしかったことがわかる。本選の得点では、審査員の先生11名のうち10名が岡本さんに最高点を付けていらした。
点数で全てを言い尽くせないが、総合点で2位と29点の差があり(バイオリン部門27点、ピアノ部門14点、ホルン部門7点)総合で343点も全部門で最高点だった。全部門の入賞者の中から選ばれる増沢賞、チェロ分門の徳永賞、弦楽器部門の黒柳賞を頂いた岡本さんの演奏を、たくさんの方が聴いてみたいと思っているのではないだろうか。「音楽の友」12月号、コンクール本選の記事の中でも、岡本さんの音楽の素晴らしさを言葉で説明して下さっている。(G)
チェロ部門の講評は藤原真理さんのご担当だが、他の部門のように個人名を挙げてのコメントは無かった。ただ、「自ら生み出す音程を和音の中で捉えている人が少ない・・和音は西洋音楽の要」という部分は、1位の岡本侑也さんへの褒め言葉ではないかと、密かに思っている。最終予選得点を見ると、二次予選でただひとり一柳慧のコズミック・ハーモニーを選んだ岡本さんが、素晴らしかったことがわかる。本選の得点では、審査員の先生11名のうち10名が岡本さんに最高点を付けていらした。
点数で全てを言い尽くせないが、総合点で2位と29点の差があり(バイオリン部門27点、ピアノ部門14点、ホルン部門7点)総合で343点も全部門で最高点だった。全部門の入賞者の中から選ばれる増沢賞、チェロ分門の徳永賞、弦楽器部門の黒柳賞を頂いた岡本さんの演奏を、たくさんの方が聴いてみたいと思っているのではないだろうか。「音楽の友」12月号、コンクール本選の記事の中でも、岡本さんの音楽の素晴らしさを言葉で説明して下さっている。(G)
全日本学生音楽コンクール チェロ部門 [コンサート]
急に思い立って、学生音楽コンクールの本選を聴きに行った。午前高校の部では、桐朋学園二年生笹沼さん、午後の大学の部では、日本音楽コンクール2位の上村さんが第1位となった。
上村さんはもうプロオケともドボコンを共演されており、オケ(ピアノ)への合図も完璧で、若さとエネルギーに溢れキラキラ輝き、華があって、しかも堂々とした演奏だった。もう押しも押されもせぬ立派なプロなんだなと強く印象づけられた。とても美しくて素晴らしい女流チェリストだ。
このコンクールのチェロ部門は今回が第一回目で、日本音楽コンクールのチェロ部門が3年に1度の開催となっているため、年齢的にチャンスを逃してしまう場合もあるだろうし、発表のチャンスが増えることは励みにもなり、良いことではないだろうか。(G)
上村さんはもうプロオケともドボコンを共演されており、オケ(ピアノ)への合図も完璧で、若さとエネルギーに溢れキラキラ輝き、華があって、しかも堂々とした演奏だった。もう押しも押されもせぬ立派なプロなんだなと強く印象づけられた。とても美しくて素晴らしい女流チェリストだ。
このコンクールのチェロ部門は今回が第一回目で、日本音楽コンクールのチェロ部門が3年に1度の開催となっているため、年齢的にチャンスを逃してしまう場合もあるだろうし、発表のチャンスが増えることは励みにもなり、良いことではないだろうか。(G)
第80回日本音楽コンクール チェロ部門本選 [コンサート]
本選課題曲はハイドンD-durコンチェルト。コンクールは自分を評価してもらうために出場するものだから、奏者の緊張感は演奏会とは随分違うのが普通だろう。でも、優勝した高2の岡本さんには、全く緊張している様子がなく、のびのびと、心からオケとの共演を楽しんでいるように映った。奏者のかもし出す幸福感が聴衆をも幸せにしてくれる、素晴らしい演奏だった。ともすると演奏家の個性が演奏家の事情になったりすることもあるが、岡本さんは、聴く側に、演奏にかかわる裏の事情を全く感じさせない。天性の音楽家なんだとあらためて感じた。とても自然に流れる生き生きした音楽、自然に聴こえる心地よさはめったに味わえるものではない。ものすごいテクニックがあってこその表現なのだ。私の周囲にいたお客さんからも断トツだと絶賛している声が聞こえた。
昨年夏、ミュンヘンの国際コンクールでは、準決勝が、指揮者なしのD-dur、決勝が大オーケストラでドボコンだった。大人が音楽家としてのより高い評価を得るために受けるコンクールでは、主催者側の理想像もあるのかなとちょっと感じたが、若者の登竜門としての日本の音コンは純粋に音楽そのものを評価してくれて、やり甲斐のあるコンクールではないかと感じた。
昔ドイツのレーゲンスブルクで8歳の侑也少年が弾くバッハを初めて聴き、彼の音楽の虜となった時の感動と同じような思いを、客席の多くの方も感じて、聴衆票を入れてくれたのだろうなと思うと、より広い世界へ羽ばたく日が待ち遠しい。優勝した岡本さんに、心からおめでとう、そしてすてきな音楽を、有難うと伝えたい。(G)
音コンチェロ部門放送予定
11/24(木)19:30~21:10 NHK FM(ラジオ)
12/ 8(木)6:00~6:55 NHK BSプレミアム
12/18(日)15:00~17:00 日本音楽コンクール・ドキュメント(Eテレ)


昨年夏、ミュンヘンの国際コンクールでは、準決勝が、指揮者なしのD-dur、決勝が大オーケストラでドボコンだった。大人が音楽家としてのより高い評価を得るために受けるコンクールでは、主催者側の理想像もあるのかなとちょっと感じたが、若者の登竜門としての日本の音コンは純粋に音楽そのものを評価してくれて、やり甲斐のあるコンクールではないかと感じた。
昔ドイツのレーゲンスブルクで8歳の侑也少年が弾くバッハを初めて聴き、彼の音楽の虜となった時の感動と同じような思いを、客席の多くの方も感じて、聴衆票を入れてくれたのだろうなと思うと、より広い世界へ羽ばたく日が待ち遠しい。優勝した岡本さんに、心からおめでとう、そしてすてきな音楽を、有難うと伝えたい。(G)
音コンチェロ部門放送予定
11/24(木)19:30~21:10 NHK FM(ラジオ)
12/ 8(木)6:00~6:55 NHK BSプレミアム
12/18(日)15:00~17:00 日本音楽コンクール・ドキュメント(Eテレ)
新国立劇場ーサロメ(楽日) [オペラ(国内)]
2000年の初演以来、4回目のレパートリー公演で、すっかり慣れたとはいえ、何度観ても恐怖で胸が苦しくなるのは、作品の凄さだろう。今回の歌手陣はサバサバした印象だった。4階席だと1階席で聴くほど、歌手の声量の差がわからない。今だに謎のPAのおかげかもしれない。それでも最後サロメは少し聞き取りにくかった。ヘロディアス役のハンナ・シュヴァルツは、新国立ではエルダ以来、日本に来てくれたことに感謝。今回指揮者と、フランツが代役を立てることになったが、結果オーライだったと思う。ヨハナーン役の、ジョン・ヴェーグナーは2008年の時は、明るい声だと感じたが、今回も凄みというよりは、穏やかなヨハナーンだったと思う。フランツ代役のヘロデ、マックーアリスターは、軽くて明快、フランツも軽めなので、役の正統なキャラとは違うかもしれないが、さわやか系で嫌いではないなと思った。この10年、海外で観たサロメの舞台を含め、新国立の舞台は豪華で好きだ。今や、サロメでさえ読み替えさえる時代、割と最近では厨房が舞台のケルンのサロメは、どんな評価を受けているのか、7つノヴェールの踊りが、7枚のナプキンになったときは驚いた。
4階席に届くバランス良いサロメは、新国立のレパートリーに定着したという安定感が感じられ、次の再演への自信はすなわち、新国立劇場の成長でもあり、会員として嬉しいものだ。(G)
4階席に届くバランス良いサロメは、新国立のレパートリーに定着したという安定感が感じられ、次の再演への自信はすなわち、新国立劇場の成長でもあり、会員として嬉しいものだ。(G)
新国立劇場-イル・トロヴァトーレ(楽日) [オペラ(国内)]
とっても久しぶりにヴェルディを聴いた(ような気がした)。半年間、ワーグナーのことばかり考えていたというわけでもないが、直前のアマオケの本番もドイツプロだったし、ドイツ音楽にどっぷり浸っていたのだろう。それだけに、トロヴァトーレは新鮮だった。頭の中を明るい春の風がビュンと短時間に吹き抜けていったように、頭を空っぽにしてくれて新たなスペースができた。
演出家が「死の象徴」役を設定したことで、本来支離滅裂な筋書きに振り回されることなく、歌と音楽を楽しむことができた。どの作品でも一番感じることがだ、ヴェルディのオペラは残酷な場面ほど、音楽が本当に美しい。真ん中に空洞があるような音の印象が軽やかさに通じ、後半、歌もオケも一層一体感が高まったようで、久々にイタオペの躍動感を満喫した。4幕の3重唱も良かった。レオノーラが毒をあおった後、死の直前のコロラトゥーラの軽やかさもヴェルディならではのもの、イタオペが人生の一夜の楽しみとして必要なことを素直に実感した。(G)
演出家が「死の象徴」役を設定したことで、本来支離滅裂な筋書きに振り回されることなく、歌と音楽を楽しむことができた。どの作品でも一番感じることがだ、ヴェルディのオペラは残酷な場面ほど、音楽が本当に美しい。真ん中に空洞があるような音の印象が軽やかさに通じ、後半、歌もオケも一層一体感が高まったようで、久々にイタオペの躍動感を満喫した。4幕の3重唱も良かった。レオノーラが毒をあおった後、死の直前のコロラトゥーラの軽やかさもヴェルディならではのもの、イタオペが人生の一夜の楽しみとして必要なことを素直に実感した。(G)
「マエストロ ヤノフスキに訊く」 [その他]
ベルリン放送交響楽団の芸術監督・主席指揮者であるマレク・ヤノフスキ氏の講演があった。ベルリンで昨年から年3演目ずつ、ワーグナーのオペラ10作品(オランダ人以降)をコンサート形式で上演するスケジュールが進行中で、順次ライヴCDも出る。2012~13年がリングだ。氏が話されたのは、昨今ワーグナーのオペラは演出過多で、舞台に気をとられて、目で聴くことを余儀なくされ、音楽に集中できないとのこと。思考プロセスが目に左右されるのではなく、耳で集中して聴いてもらいたい。歌と音楽をよく聴けば、頭の中に自ずと場面浮かぶだろうと。
指揮者は長い時間をかけて成熟するもので、見栄えのする若い指揮者が、経験を積まず急にオペラを指揮するのは難しい。音楽の解釈こそが指揮者の仕事であり、出てきた音には全責任を負うべきだ。こうして費やしてきた時間こそが指揮者としての自信につながると、とても真面目に丁寧にお話して下さった。音楽は動きの芸術であり、止まってはならない。自分を客観的に見つめながら指揮するという謙虚さを持ち、整然と音をコントロールする真摯な取り組みようにとても感心した。
東京の春音楽祭で2014年からリングを一作ずづ振る予定だと明かされた。日本で本格的なリングが聴けるのだ。待ち遠しい。(G)
指揮者は長い時間をかけて成熟するもので、見栄えのする若い指揮者が、経験を積まず急にオペラを指揮するのは難しい。音楽の解釈こそが指揮者の仕事であり、出てきた音には全責任を負うべきだ。こうして費やしてきた時間こそが指揮者としての自信につながると、とても真面目に丁寧にお話して下さった。音楽は動きの芸術であり、止まってはならない。自分を客観的に見つめながら指揮するという謙虚さを持ち、整然と音をコントロールする真摯な取り組みようにとても感心した。
東京の春音楽祭で2014年からリングを一作ずづ振る予定だと明かされた。日本で本格的なリングが聴けるのだ。待ち遠しい。(G)
大倉山記念館 [美術・博物館]
吉川桃生先生が指導されている木月会という書道展を見に、大倉山記念館へ行った。大倉山公園にひっそりたたずむ古い洋館の周りでは、木立の中を散歩する人、イーゼルを立てて絵を描く人、ぎんなんを拾う人など、静かな時間を楽しんでいる人たちがいた。
初めて見る先生の書は、正統なかなから、書とデザインの融合した作品まで、どれも香るような美しさがある。基本指導は、古典を順番に先生のお手本で習うこと。奥の細道、方丈記は入門編とのことだが、練習したものは全て和綴じにして、表紙をつける。こうして自分だけの書の歴史となる。平行して創作も習う。好きな詩歌、生活の中の日記、現代詩、新聞に連載された短歌評、漢詩など題材は自由だ。様々な字体や構成、色彩なども、書く題材の内容にあったものを選び、先生が一人一人お手本を書いて下さる。大変な労力だ。目指すところは、題材となる文字(作品)のもつ意味を、書を見て感じることができること、書をやらない人でも、見て楽しめることだそうだが、まさにそういう展覧会だ。
百人一首を書く、かるたの紙や屏風など、書く土台も手作りする方や、色紙を入れる箱を布で飾ったり、紙の色を染めたり、色々な技術を持った方がいる。お婆さまとお孫さんの合作も何点かあり、先生が提案するアイデアは尽きることがない。展示の仕方もとても美しく、隅々まで心がこもっており、時間を忘れて見入ってしまう。
先生の作品に接すると、題材となる物や事象に宿っている魂を呼び起こし、書体、色彩、紙質、デザインなどを総合して、生き生きした作品イメージが完成し、語りかけてくるような生命の躍動感を感じる。根底には博愛の崇高な精神も感じる。いつも愛情をもった熱い眼差しで事象を観察されているようで、ご自身で歌も詠まれる。
最近では、美術雑誌に載った「華」という正方形の書を、ニューヨークではアートポスター展に、ロンドンではシルクに転写する作品として、そして9月にはパリでワインラベル展に出品された。そして、この度、ナポレオンが好んだ超高級ワインとして知られる、ジュヴレ・シャンベルタンのエチケットになった。エチケットになった芸術家はピカソ以来二人目とのこと。日本の書の心をデザインを通してグローバルに表現し、世界各国の人の心に届けることができる素晴らしいインスピレーションと想像を絶する集中力、作品は作者自身なのだと、作曲家と演奏家の関係にも似ていると感じた。(G)
日仏芸術祭2011 東日本大地震チャリティーワインラベル展で展示される。(11/11~13横浜赤レンガ倉庫一号館2F)


初めて見る先生の書は、正統なかなから、書とデザインの融合した作品まで、どれも香るような美しさがある。基本指導は、古典を順番に先生のお手本で習うこと。奥の細道、方丈記は入門編とのことだが、練習したものは全て和綴じにして、表紙をつける。こうして自分だけの書の歴史となる。平行して創作も習う。好きな詩歌、生活の中の日記、現代詩、新聞に連載された短歌評、漢詩など題材は自由だ。様々な字体や構成、色彩なども、書く題材の内容にあったものを選び、先生が一人一人お手本を書いて下さる。大変な労力だ。目指すところは、題材となる文字(作品)のもつ意味を、書を見て感じることができること、書をやらない人でも、見て楽しめることだそうだが、まさにそういう展覧会だ。
百人一首を書く、かるたの紙や屏風など、書く土台も手作りする方や、色紙を入れる箱を布で飾ったり、紙の色を染めたり、色々な技術を持った方がいる。お婆さまとお孫さんの合作も何点かあり、先生が提案するアイデアは尽きることがない。展示の仕方もとても美しく、隅々まで心がこもっており、時間を忘れて見入ってしまう。
先生の作品に接すると、題材となる物や事象に宿っている魂を呼び起こし、書体、色彩、紙質、デザインなどを総合して、生き生きした作品イメージが完成し、語りかけてくるような生命の躍動感を感じる。根底には博愛の崇高な精神も感じる。いつも愛情をもった熱い眼差しで事象を観察されているようで、ご自身で歌も詠まれる。
最近では、美術雑誌に載った「華」という正方形の書を、ニューヨークではアートポスター展に、ロンドンではシルクに転写する作品として、そして9月にはパリでワインラベル展に出品された。そして、この度、ナポレオンが好んだ超高級ワインとして知られる、ジュヴレ・シャンベルタンのエチケットになった。エチケットになった芸術家はピカソ以来二人目とのこと。日本の書の心をデザインを通してグローバルに表現し、世界各国の人の心に届けることができる素晴らしいインスピレーションと想像を絶する集中力、作品は作者自身なのだと、作曲家と演奏家の関係にも似ていると感じた。(G)
日仏芸術祭2011 東日本大地震チャリティーワインラベル展で展示される。(11/11~13横浜赤レンガ倉庫一号館2F)
彩弦楽四重奏団第11回演奏会 プラザノース [コンサート]
今回のメインはベートーヴェン後期の大曲13番、6楽章のフーガ(15分)を含め演奏時間は50分。このフーガはかなり強烈で、聴いていて私は畏れを感じる。作曲当時、難解だと言われ、6楽章は軽快なものに差し替えられたそうだ。5楽章は、ベートーヴェン自身が涙が溢れると語ったそうで、この上なく美しく、まさに天上の音楽。どの楽章も、実験的・挑戦的な印象を受ける。ベートヴェンが100年後の人のために作品を書いたという解説に納得した。
彩弦楽四重奏団の演奏は、ハイドンは軽やかに、ベートーヴェンは重厚に、全く残響のない厳しい会場であっても、色々な表情が真直ぐに聴き手に届く。常連客の間で繰り言のように、残響があれば・・と言うのだが、そんなことを物ともせず勝負する凄い気迫に、身が引き締まる思いだ。(G)
ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ長調 op.76-5 「ラルゴ」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 大フーガつき
第1楽章 Adagio, ma non troppo - Allegro
第2楽章 Presto
第3楽章 Andante con moto, ma non troppo. Poco scherzoso
第4楽章 Alla danza tedesca. Allegro assai
第5楽章 Cavatina. Adagio molto espressivo
第6楽章 Große Fuge (Grande Fuga Op.133): Ouverture. Allegro — Meno mosso e moderato — Allegetto — Fuga. [Allegro] — Meno mosso e moderato — Allegro molto e con brio — Allegro
彩弦楽四重奏団(林智之,中島ゆみ子Vn.臼木麻弥,Va.田澤俊一,Vc.)
彩弦楽四重奏団の演奏は、ハイドンは軽やかに、ベートーヴェンは重厚に、全く残響のない厳しい会場であっても、色々な表情が真直ぐに聴き手に届く。常連客の間で繰り言のように、残響があれば・・と言うのだが、そんなことを物ともせず勝負する凄い気迫に、身が引き締まる思いだ。(G)
ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ長調 op.76-5 「ラルゴ」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 大フーガつき
第1楽章 Adagio, ma non troppo - Allegro
第2楽章 Presto
第3楽章 Andante con moto, ma non troppo. Poco scherzoso
第4楽章 Alla danza tedesca. Allegro assai
第5楽章 Cavatina. Adagio molto espressivo
第6楽章 Große Fuge (Grande Fuga Op.133): Ouverture. Allegro — Meno mosso e moderato — Allegetto — Fuga. [Allegro] — Meno mosso e moderato — Allegro molto e con brio — Allegro
彩弦楽四重奏団(林智之,中島ゆみ子Vn.臼木麻弥,Va.田澤俊一,Vc.)
ニコラウス・バッハラー氏(ワーグナー都市ミュンヘン-舞台芸術の今) [演劇]
ニコラウス・バッハラー氏(バイエルン国立歌劇場総裁)をお迎えしての国際シンポジウムということで、聴講に行った。しかし2時間で基調講演、通訳付でいくつかの質問を投げかけるというという構成は時間が足りず、質疑応答も無かった。山崎太郎先生、池上純一先生が準備された「ワーグナー都市ミュンヘン」という視点について、バッハラー氏は距離を置いておられるようで、総裁としての「舞台芸術の今」ついてのお考えを拝聴することになったと思う。
印象に残ったことの一つは、「伝統と革新」について、ワーグナー自身が革新的演出家であったことをふまえ、時代に合う新解釈は常に必要だということ、今日、視覚的Regietheaterについては批評が激しいが、実は音楽の解釈も変化しており、専門知識が必要なため大きな議論にはならないが、Dirigententheaterと言われないのが不思議だというようなコメントがあった。音楽と舞台は別ものとして観て聴くのが普通かと思っていたが、劇場総裁として並列に捕らえているのだというのが新鮮に思えた。総じて、斜に構えたコメントが多かったように感じたのは、勘ぐれば来日公演についての質問をシャットアウトできるか、実は針のむしろだったのかもしれない。私は公演に行っていないけれど・・・(G)
印象に残ったことの一つは、「伝統と革新」について、ワーグナー自身が革新的演出家であったことをふまえ、時代に合う新解釈は常に必要だということ、今日、視覚的Regietheaterについては批評が激しいが、実は音楽の解釈も変化しており、専門知識が必要なため大きな議論にはならないが、Dirigententheaterと言われないのが不思議だというようなコメントがあった。音楽と舞台は別ものとして観て聴くのが普通かと思っていたが、劇場総裁として並列に捕らえているのだというのが新鮮に思えた。総じて、斜に構えたコメントが多かったように感じたのは、勘ぐれば来日公演についての質問をシャットアウトできるか、実は針のむしろだったのかもしれない。私は公演に行っていないけれど・・・(G)
あらかわバイロイト-神々の黄昏 [オペラ(国内)]
「あらかわバイロイト」を初めて聴きに行った。毎年一作品ずつ取り組んでおり、第一回パルジファル、第二回ヴァルキューレ、そして今年第三回が神々の黄昏。この夏本家のバイロイトに行ったこともあり、日本でバイロイトと名乗る舞台を観てみたくなった。率直な感想として、オケが頑張ってくれてとても嬉しい。弦楽器奏者の大多数が女性だったことも嬉しい驚きの一つだ。サンパール荒川というホールも初体験だが、響きが良いと思う。
若い奏者たちの、ワーグナーを好きなんだという真剣さが、まさにバイロイトと名乗るに相応しいポイントだと納得。休憩時間終了を知らせる客席でのファンファーレも、元気があって好感をもてる。
財源については全く知らないが、舞台にもお金がかかっており、今日程度の入り具合ではちょっと心配になる。歌手はトリプルキャストで、私は二日目Bキャストを佐々木修氏の指揮で聴いた。自分はアマチュアながら、マゼール版リング抜粋を苦労して演奏した経験から、複雑な楽器同士のからみについても、今日の指揮がとても分かりやすく、歌手陣にとっても、オケにとってもこの上なく貴重な経験だろうなと、少し羨ましい気がした。
歌手も奏者も、若いうちに、日本でワーグナーを経験してから世界へ羽ばたいていくことは20世紀にはありえなかっただろう。大所帯のプロオケと一味違い、少人数で気持ちを一つに本気で合わせようとする意気込みに感動した公演だった。困難に負けず今後も続けて行っていただきたいと祈る気持ちだ。(G)


3日連続公演なのに指揮者が2人、歌手は毎日全員入れ替わるのでは、練習も含め確かにオケに一番負担が掛かる。おまけに幕間のファンファーレまで担当した金管隊は本当にご苦労様だった。最後まで緊張感を持って弾いてくれて満足感があった。(B)
若い奏者たちの、ワーグナーを好きなんだという真剣さが、まさにバイロイトと名乗るに相応しいポイントだと納得。休憩時間終了を知らせる客席でのファンファーレも、元気があって好感をもてる。
財源については全く知らないが、舞台にもお金がかかっており、今日程度の入り具合ではちょっと心配になる。歌手はトリプルキャストで、私は二日目Bキャストを佐々木修氏の指揮で聴いた。自分はアマチュアながら、マゼール版リング抜粋を苦労して演奏した経験から、複雑な楽器同士のからみについても、今日の指揮がとても分かりやすく、歌手陣にとっても、オケにとってもこの上なく貴重な経験だろうなと、少し羨ましい気がした。
歌手も奏者も、若いうちに、日本でワーグナーを経験してから世界へ羽ばたいていくことは20世紀にはありえなかっただろう。大所帯のプロオケと一味違い、少人数で気持ちを一つに本気で合わせようとする意気込みに感動した公演だった。困難に負けず今後も続けて行っていただきたいと祈る気持ちだ。(G)
3日連続公演なのに指揮者が2人、歌手は毎日全員入れ替わるのでは、練習も含め確かにオケに一番負担が掛かる。おまけに幕間のファンファーレまで担当した金管隊は本当にご苦労様だった。最後まで緊張感を持って弾いてくれて満足感があった。(B)
リューデスハイムにて [ドイツ]
ヴィースバーデンからリューデスハイムまで日帰り旅行。ローカル線で30分くらい、朝から行楽客で混んでいる。自転車持ち込みの人が多く、輪行車でなく生の自転車なので場所を取ってしょうがない。
駅に着いてまずSiegfrieds Mechanisches Musikkabinettへ。何とデンマーク語のツアーに、日本人ふたりとスペイン人ふたりが英語の説明書を見ながら参加。言葉は意味不明だが、小は手のひらサイズの小鳥のさえずり機から、大は大型トラックほどある自動演奏オーケストラまで、実際の音を聞かせてくれるので面白い。
昼はマルクト広場でブルストとビール、と言いたいところが、ここでもやはりワインしか置いてない。ブラバンも入って大いに盛り上がる。
昼になり世界各国からの観光客で混んでくる。殆どがバスで来ている団体客で、ライン川沿いに大きな駐車場がある。
次に、ふたり乗りの小さなロープウェイでニーダーヴァルトの森記念碑(Niederwalddenkmal)へ。ぶどう畑を真下に見ながら気持ちが良いが、記念碑自体は工事中で見られず。
森の中の遊歩道を30分ほど歩いて、今度はスキー場にあるような二人乗りのリフトで、隣町アスマンズハウゼンに降りた。更に小さな町だが、ここも観光客であふれていた。(B)
自動オーケストラ、ちゃんとバイオリンを弾いている

手回しオルガンに挑戦するデンマーク人

マルクト広場ではブラバン


ブラームスも来た




アスマンズハウゼンに降りるリフトより

アスマンズハウゼン駅、無人の小さな駅だが、ヴィースバーデン、フランクフルト方面に帰る人でいっぱい
駅に着いてまずSiegfrieds Mechanisches Musikkabinettへ。何とデンマーク語のツアーに、日本人ふたりとスペイン人ふたりが英語の説明書を見ながら参加。言葉は意味不明だが、小は手のひらサイズの小鳥のさえずり機から、大は大型トラックほどある自動演奏オーケストラまで、実際の音を聞かせてくれるので面白い。
昼はマルクト広場でブルストとビール、と言いたいところが、ここでもやはりワインしか置いてない。ブラバンも入って大いに盛り上がる。
昼になり世界各国からの観光客で混んでくる。殆どがバスで来ている団体客で、ライン川沿いに大きな駐車場がある。
次に、ふたり乗りの小さなロープウェイでニーダーヴァルトの森記念碑(Niederwalddenkmal)へ。ぶどう畑を真下に見ながら気持ちが良いが、記念碑自体は工事中で見られず。
森の中の遊歩道を30分ほど歩いて、今度はスキー場にあるような二人乗りのリフトで、隣町アスマンズハウゼンに降りた。更に小さな町だが、ここも観光客であふれていた。(B)
自動オーケストラ、ちゃんとバイオリンを弾いている
手回しオルガンに挑戦するデンマーク人
マルクト広場ではブラバン
ブラームスも来た
アスマンズハウゼンに降りるリフトより
アスマンズハウゼン駅、無人の小さな駅だが、ヴィースバーデン、フランクフルト方面に帰る人でいっぱい
ヴィースバーデンにて [ドイツ]
フランケンのバイロイトからヘッセン州都ヴィースバーデンに来た。温泉が有名なので試してみようと町の中心へ来ると、マルクト広場に何やら出店がたくさん出ている。12から21日までRheingauer Weinwocheとのこと。
サウナとプールで楽しんでから夕方戻ると、すごい人出だ。ビール一切なし、食べ物を売っている店も少ない。ワインは0.1lで1.7ユーロくらいから、0.1l頼むと0.15l、0.2だと0.3lくらいにおまけしてくれる。もちろんボトルでも売っている。Weingut(ぶどう農家)ごとの出店で、ワイングラスは3~5ユーロほどのデポジットを取られる。
ワインのことは全く分からないが、やはり3ユーロくらい出さないと美味しいと思うものに当たらないと感じた。(G)
昼間の状況

テルメへ行って来た、これは1階のプール(水着着用)

こちらは2階サウナのロッカー(大人専用)

戻ってみると混雑が激しい


サウナとプールで楽しんでから夕方戻ると、すごい人出だ。ビール一切なし、食べ物を売っている店も少ない。ワインは0.1lで1.7ユーロくらいから、0.1l頼むと0.15l、0.2だと0.3lくらいにおまけしてくれる。もちろんボトルでも売っている。Weingut(ぶどう農家)ごとの出店で、ワイングラスは3~5ユーロほどのデポジットを取られる。
ワインのことは全く分からないが、やはり3ユーロくらい出さないと美味しいと思うものに当たらないと感じた。(G)
昼間の状況
テルメへ行って来た、これは1階のプール(水着着用)
こちらは2階サウナのロッカー(大人専用)
戻ってみると混雑が激しい
バイロイト音楽祭-ニュルンベルクのマイスタージンガー② [オペラ(海外)]
カテリーナの演出の評判が今一つといわれているマイスタージンガーを、最後にもう一度観た。ハンス・ザックスをネガティヴにとらえる演出は、ワーグナー家の人間だから許されることなのかと思うほど意外だった。
きまじめなベックメッサーが2幕最後の大混乱の中で、何かに目覚め新しい創造者になる。上着を脱ぎ捨て、黒いTシャツの胸にBeckと書く。3幕ではまず、ザックスが過去の芸術家たちから非難をあびる。ザックスだけ1幕始めから裸足だ。ベックメッサーは黒い靴から白いスニーカーにはきかえ、ヴァルターは逆にスニーカーから保守的な黒靴にはきかえる。
3幕ザックスとベックメッサーの動きは何だかよく分からないが、指揮者・合唱指揮・演出家が燃やされた後、歌合戦でベックメッサーはその土灰?(土くれ)からアダムとイブを創造する。ヴァルターは書き割りと王子様とお姫様に象徴される古臭い歌を歌う。結局民衆から賞賛されるのはヴァルターなのだが、ザックスから仲間の象徴?(鹿の人形)を渡されようとすると拒否して退場、エーファとポークナーとともに舞台上には戻ってこない。
ここから先ザックスの大演説となるわけだが、これがなかなか怖い。直立不動で手を振り上げて熱弁を振るう。この辺がドイツ人の拒否反応を呼ぶのか?
照明はだんだんザックスに絞られ、両側に巨大な像が出現し、異変を嗅ぎ取り隅に逃げていたベックメッサーはザックスのそばに寄り、正気かどうか確かめるのだが反応が無く、結局ベックメッサーも舞台から去る。
最後の大合唱で、舞台が真っ暗な中、ザックスの無表情な顔の下から照明が当たっているが、幕が下りる寸前でニヤリと笑う。(ここが一番怖い)というお話だと理解したが・・・
カタリーナはこれまでのバイロイトを改革していくということを言いたいわけで、カーテンコールでどんなにブーが出ようとすべて想定内「ありがとう」とお辞儀をする。一つ気付いたのは、客席にブラボー要員がいたことだ。この人たちは、それが任務とはっきりわかった。
それと3幕開始前、ヴァルター役フリッツが不調だががんばって歌う、ダメな場合は口パク(演技だけで歌は袖からカバーが歌う)という説明があったが、ともかく最後まで歌い切った。(G)
きまじめなベックメッサーが2幕最後の大混乱の中で、何かに目覚め新しい創造者になる。上着を脱ぎ捨て、黒いTシャツの胸にBeckと書く。3幕ではまず、ザックスが過去の芸術家たちから非難をあびる。ザックスだけ1幕始めから裸足だ。ベックメッサーは黒い靴から白いスニーカーにはきかえ、ヴァルターは逆にスニーカーから保守的な黒靴にはきかえる。
3幕ザックスとベックメッサーの動きは何だかよく分からないが、指揮者・合唱指揮・演出家が燃やされた後、歌合戦でベックメッサーはその土灰?(土くれ)からアダムとイブを創造する。ヴァルターは書き割りと王子様とお姫様に象徴される古臭い歌を歌う。結局民衆から賞賛されるのはヴァルターなのだが、ザックスから仲間の象徴?(鹿の人形)を渡されようとすると拒否して退場、エーファとポークナーとともに舞台上には戻ってこない。
ここから先ザックスの大演説となるわけだが、これがなかなか怖い。直立不動で手を振り上げて熱弁を振るう。この辺がドイツ人の拒否反応を呼ぶのか?
照明はだんだんザックスに絞られ、両側に巨大な像が出現し、異変を嗅ぎ取り隅に逃げていたベックメッサーはザックスのそばに寄り、正気かどうか確かめるのだが反応が無く、結局ベックメッサーも舞台から去る。
最後の大合唱で、舞台が真っ暗な中、ザックスの無表情な顔の下から照明が当たっているが、幕が下りる寸前でニヤリと笑う。(ここが一番怖い)というお話だと理解したが・・・
カタリーナはこれまでのバイロイトを改革していくということを言いたいわけで、カーテンコールでどんなにブーが出ようとすべて想定内「ありがとう」とお辞儀をする。一つ気付いたのは、客席にブラボー要員がいたことだ。この人たちは、それが任務とはっきりわかった。
それと3幕開始前、ヴァルター役フリッツが不調だががんばって歌う、ダメな場合は口パク(演技だけで歌は袖からカバーが歌う)という説明があったが、ともかく最後まで歌い切った。(G)
クルムバッハにて [ドイツ]
休演日にクルムバッハ(Kulmbach)まで行ってきた。バイロイトから電車で約35分、朝9時までは30分、それ以降は1時間に1本ある。
駅到着後、シティホールにあるインフォメーションで地図など手配して、ビール博物館へ向かう。駅からかなり歩く古いビール工場を博物館にしたもの。現在、付属のビアガーデンで飲む程度しか生産していないが、併設のパン博物館もいっしょに見学すれば、終了後ビール1杯、パン1片試飲できる。
その後、市内唯一のブラウライのコミューンブロイに向かう。少し前までは3軒あったが、だんだん減ってきているとのこと。川沿いの心地よいビアガーデンで、自転車旅行する人で賑わっている。
最後に城砦を見学してバイロイトに戻った。小さいが、きれいな町だった。
夜、ホテルのレストランが休みだったので、はす前のレストランに行ったが、貸切とのことで入れなかった。後で聞いたら、バイロイト出演歌手のパーティだったとのこと。(B)
ビール博物館

コミューンブロイ外観

駅到着後、シティホールにあるインフォメーションで地図など手配して、ビール博物館へ向かう。駅からかなり歩く古いビール工場を博物館にしたもの。現在、付属のビアガーデンで飲む程度しか生産していないが、併設のパン博物館もいっしょに見学すれば、終了後ビール1杯、パン1片試飲できる。
その後、市内唯一のブラウライのコミューンブロイに向かう。少し前までは3軒あったが、だんだん減ってきているとのこと。川沿いの心地よいビアガーデンで、自転車旅行する人で賑わっている。
最後に城砦を見学してバイロイトに戻った。小さいが、きれいな町だった。
夜、ホテルのレストランが休みだったので、はす前のレストランに行ったが、貸切とのことで入れなかった。後で聞いたら、バイロイト出演歌手のパーティだったとのこと。(B)
ビール博物館
コミューンブロイ外観
バイロイト音楽祭-トリスタンとイゾルデ [オペラ(海外)]
トリスタンがロバート・ディーン・スミスからシュテファン・ヴィンケに代わっていた。前日に発表になったという。ちょうど前日パルジファルの休憩時間、ペーター・シュナイダーが大きな緑色のスコアをもって劇場裏から出てきて一端それを自分の車に置き、劇場入口に向かう場面に出会った。にっこり挨拶を返してくれて感激したのだが、今思えばトリスタン交代で打ち合わせがあったのだろう。
開演前に説明も無かったし、実はまたもや始めは気づかなかった。白塗りの化粧が不評で黒く締まった感じに変えたのかと思ったが、声があまりなめらかではないので、別人だとやっと気づいた。シュテファン・ヴィンケはどこかで見たと思う。
一幕トリスタンは若々しくて良かったが、2幕でがぜん苦しくなり、やっぱりそつなくこなすローバート・ディーン・スミスは偉大なのかもしれないと思った。3幕ではもうやぶれかぶれ、明日はどうなってもかまわないというほど力の限り、歌い切って歌ったと思う。決して良いできとは言えないが、その熱意に応え、カーテンコールでは大きな拍手を浴びていた。
舞台の雰囲気が29日の初回公演にくらべ、同じ地味な舞台でも、ものすごく緊張感があって良かった。座席のせいもあるとは思うが、オケも始めから歌ってくれて、勿論、トリスタンとイゾルデが薬を飲むまでの控えめな印象はあっても、うねるような音楽がもう始まっていた。ついにバイロイトで期待していたワーグナーの音のうねりを体験することがきた。音楽もまた若々しい。第一回めはオケがもっと前へ行きたいのに、指揮がおさえているような感じも受けたが、今回は皆心が一つになっていたようで、とても感動した。本当に毎日、違う感動を味わうことができて、幸せだ。(G)
ヴァンフリートが休館のため、リスト博物館は無料

今日のファンファーレ
開演前に説明も無かったし、実はまたもや始めは気づかなかった。白塗りの化粧が不評で黒く締まった感じに変えたのかと思ったが、声があまりなめらかではないので、別人だとやっと気づいた。シュテファン・ヴィンケはどこかで見たと思う。
一幕トリスタンは若々しくて良かったが、2幕でがぜん苦しくなり、やっぱりそつなくこなすローバート・ディーン・スミスは偉大なのかもしれないと思った。3幕ではもうやぶれかぶれ、明日はどうなってもかまわないというほど力の限り、歌い切って歌ったと思う。決して良いできとは言えないが、その熱意に応え、カーテンコールでは大きな拍手を浴びていた。
舞台の雰囲気が29日の初回公演にくらべ、同じ地味な舞台でも、ものすごく緊張感があって良かった。座席のせいもあるとは思うが、オケも始めから歌ってくれて、勿論、トリスタンとイゾルデが薬を飲むまでの控えめな印象はあっても、うねるような音楽がもう始まっていた。ついにバイロイトで期待していたワーグナーの音のうねりを体験することがきた。音楽もまた若々しい。第一回めはオケがもっと前へ行きたいのに、指揮がおさえているような感じも受けたが、今回は皆心が一つになっていたようで、とても感動した。本当に毎日、違う感動を味わうことができて、幸せだ。(G)
ヴァンフリートが休館のため、リスト博物館は無料
今日のファンファーレ
バイロイト音楽祭-パルジファル [オペラ(海外)]
ザルツブルクより昼過ぎに戻ってきた。途中雨も降ったが、午後にかけて陽も出て、暑いくらいになってきた。
初めてのバルコン席1列目に座った。第1週にメルケルが座る席の真上に当る。パルケットに比べ椅子が大きく、クッションも効いて肘掛まで付いている。座布団貸し出しもいらないくらいで、2幕終了後返してしまったが、椅子自体は老朽化して、少し動くとギシギシうるさい。1列目なので前の人に邪魔されず、舞台全体が見渡せて快適だが、屋根が被っているため若干音圧が低いように感じられる。
座席が中央なので演奏は覚悟はしていたがおとなしい印象だ。重厚長大のパルジファルには程遠く、曲自体は淡々と進み、カーテンコールでは指揮者が唯一ブーイングを受けていた。
演出は詰め込みすぎで、舞台に気を取られて音楽を聴く暇が無い。前奏曲から演技が始まっていて、筋を追うのに大変だ。いろいろあるが大筋をはずしていないので、これまで聴いた3公演の中では唯一演出についてのブーイングは無かった。(G)
これまでで最高の良い天気
初めてのバルコン席1列目に座った。第1週にメルケルが座る席の真上に当る。パルケットに比べ椅子が大きく、クッションも効いて肘掛まで付いている。座布団貸し出しもいらないくらいで、2幕終了後返してしまったが、椅子自体は老朽化して、少し動くとギシギシうるさい。1列目なので前の人に邪魔されず、舞台全体が見渡せて快適だが、屋根が被っているため若干音圧が低いように感じられる。
座席が中央なので演奏は覚悟はしていたがおとなしい印象だ。重厚長大のパルジファルには程遠く、曲自体は淡々と進み、カーテンコールでは指揮者が唯一ブーイングを受けていた。
演出は詰め込みすぎで、舞台に気を取られて音楽を聴く暇が無い。前奏曲から演技が始まっていて、筋を追うのに大変だ。いろいろあるが大筋をはずしていないので、これまで聴いた3公演の中では唯一演出についてのブーイングは無かった。(G)
これまでで最高の良い天気
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